須藤凛々花(りりぽん)の哲学愛の理由は?母と弟との家族の絆!?

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NMB48で人気急上昇中の須藤凛々花さん(りりぽん)。7月15日に発売された新曲「ドリアン少年」では、単独センターにも抜擢されましたね!

そんな彼女は、実は自身の哲学書の出版の企画もあるというほどの「哲学者」。

でも、どうしてそんなに哲学を愛するようになったのでしょう?先月Mステに出演した時には、タモリからも「今時珍しいよねぇ、哲学なんて」というコメントをもらっていました。本当に、珍しいですよねぇ。

というわけでなんだか気になるので、「どうして須藤凛々花さんは哲学を愛するようになったのか?」を推察してみました。「そもそも哲学って何?」という疑問にも、及ばずながらお答えします。

それに合わせて、まずは彼女の家族構成や家族の仲について、紹介していきますね!

須藤凛々花の家族構成は?仲はいいの?

母と弟の3人家族

須藤凛々花さんは母と弟との3人家族で育ったようです。お母さんはシングルマザーで頑張ってらっしゃったようですね。

それゆえに、働きに出ているお母さんに代わって、須藤凛々花さんは小さい頃から弟の保育園の送り迎えに行ったり、ご飯をつくってあげたり、一緒に遊んだりしながら、面倒をみてあげていたようです。

こう書くぶんには簡単ですが、なかなかこれは大変なことです。大人が幼児を世話するのだって楽ではないのに(もちろん育児は十二分に報われることではありますが)、まだまだ自分が遊びたい盛りの子どものうちから、幼い弟の世話を親代わりになってするのは辛い時もあっただろうなと思います。

友だちに遊びに誘われても、「ごめん、弟を保育園に迎えに行かないといけないから」といって断ったことだって何度となくあったはずです。子どもにはなかなか辛いことです。

(でもブログで、「料理できる?」という質問に対して、「焼きそばと白和えが得意です!逆にそれしか作れない( ^ω^ )てへ」(出典:NMB48オフィシャルブログ)という回答をしてらっしゃいましたよね。小さい頃にご飯作ってあげたりしていた割にはなんで?と思いますが…まぁいろいろありますよね!自信がある料理以外は「料理ができる」とは認めない、とか?)

母との絆

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オーディションのときの言葉

そうやって頑張ってきた須藤凛々花さんですが、やはりお母さんとの間には強い絆があるみたいです。

AKB48グループのオーディションで、最終選考までの応募者の軌跡を残した記録映像の中で、彼女はお母さんについてこのように語っています。

「友達みたいに話せるときもあるし、めちゃくちゃ厳しく叱ってくれるし、素晴らしいお母さんだと思います」
その横では、母親が 「泣いちゃう・・・」 と目頭を押さえています。

出典:ameblo.jp

この言葉からは、いいお母さんであったことが伺えますね。シングルマザーだと、お母さんの役だけでなく、お父さんの役も一人でこなさなければなりません。お父さんがいれば、子どもに厳しく社会性を叩き込むのはお父さんに任せておくこともできます。でもそれがいないとなると、必要なときには「ダメなものはダメなんだ!」と厳しく言い張って揺るがない強い父親の役割を、お母さんが果たさないといけないことになります。

須藤凛々花さんのお母さんはそれができていたんだろうなぁと。優しく包むこむ母親と、厳しく揺るがない父親と、両方の役割をしっかり果たせていたんだろうなと思います。

母の無償の愛

また、NMB48でデビュー後、割と最近ではありますが、このようなエピソードもあったそうです。

755(芸能人から返信がもらえるというアプリ)のトークでの須藤凛々花さんの発言です。

昨日、私の母親に「最近色々大きなことが起こった」とメールしたら
「いじめ?枕?」と極端でマイナスな返信がきて思わず笑ってしまいました。
無償の愛とは、
「相手のために常に最悪のことを考えて悩む大変なもの」
なのだなと思うと同時に
ありがたいな
と幸せにおもいました。

出典:Twitter

これが原因で、ネット上では「枕!?」などと騒がれていた時期もあったようですね。

ともあれここからも、須藤凛々花さんのお母さんの娘を心配する暖かい気持ちが伝わってきます。…ありますよね、こういう親からの反応。「こっちはもう子どもじゃないんだし、心配し過ぎでうっとうしいんだよー(でもありがとう)」みたいな。

ちなみに、NMB48デビュー後の須藤凛々花さんの美脚画像とインスタグラムのまとめはこちらです

須藤凛々花が哲学を愛する理由は?

それでは、いよいよ本題、「須藤凛々花さんが哲学を愛するのはなぜか?」の推察に入っていきます。実は、すでにドラフト会議の最終アピールの場でも、須藤凛々花さんは哲学に憧れる理由についてこう語ってらっしゃいます。

昔の人の考えを積み重ねて進化できると思うので、昔の人の思想を勉強して新しい時代に…

出典:oricon.co.jp

と、とても立派な温故知新の理想を語ってらっしゃいます。でもそれだけかなぁ?と思ったので、これからいろいろ考察していきます。

あ、でもまずは、そもそも「哲学って何?」というところから少し。

須藤凛々花が愛する「哲学」って何?

ソクラテスの死

「ソクラテスの死」、ダヴィッド
出典:www2.kokugakuin.ac.jp

この問はあまりに大きいので、とても私の手に余るものではありませんが(一応文学部卒ではあるものの…)、なんとか簡単にまとめるならばこんなかんじかもしれません。

  • 「知を愛する」ということ。(「哲学」の原語は古代ギリシャ語で「フィロソフィア philosophia = philo(愛する)+sophy(知)」)
  • それゆえに、「知ること」を諦めないこと。どんな難題であれとことん考えつくすこと。「問い」を投げかけ続けること。
  • 例えば、自然科学では答えの出せない「なぜ?」の答えを考えること。

最後の3つ目については、例えば、科学では「人間がどう生まれるか」は説明できますが、「人間はなぜ生まれるか」まではなかなか説明できません。この「なぜ?」というあたりを論理的に突き詰めて考えていくのが「哲学」の役割だともいえるでしょう。場合によっては、「宗教」や「神話」などがそれと同じ役割を果たすこともあります。

須藤凛々花さんも、この「知」ということに関して、オーディションの最終選考前のVTRで本当にかっこいいことを言ってらっしゃるんですよ!

あなたの心の隣にいる須藤凛々花。
物事を知り、考え、判断する力、それが知性。
その知性に天然(ボケ)が加わった私は、今までのAKB48グループにはいない新しいキャラとして頑張ります!

出典:amablo.jp(赤字筆者)

かっこいいですよねー!「物事を知り、考え、判断する力」が、まさに哲学では鍛えられていくわけですよね。

ついでに、須藤凛々花さんのおもしろ哲学エピソードについては、こちらの記事にまとめましたので、ぜひどうぞ!

哲学は「苦しみ」を養分とする?

哲学が栄えるときは人が苦しむとき!?

出典:blogimg.goo.ne.jp

「考える人」、ロダン 出典:blogimg.goo.ne.jp

「哲学≒考えぬくこと」が栄えるときというのは、社会全体でみても、個人レベルでみても、どうやら「苦しい」ときみたいです。

で、結論から言えば、須藤凛々花さんも苦しいときがあったからこそ、哲学を愛するようになったのではないかと思うのです。でもとりあえず、「哲学は苦しい時にこそ栄える」ということについて少し説明させて下さい。「そんなん読むのめんどい!」というときは、ぱっと読み飛ばしちゃってくださいね!

まずは個人レベルで「苦しい」ときについてですが、例えば、よく言われる「中二病」もこれですよね。

自我が芽生えてくるとともに、無邪気で幸せに調和していた子ども時代が終わり、無駄な自意識や自己嫌悪に苦しめられはじめる中2の頃。。人によっては、この頃に文学や詩にはまったり、惚れた腫れたとはっちゃけたり、変な恥ずかしい自意識過剰発言を連発しまくったり。。いろんな黒歴史を刻みまくった方も多いのではないでしょうか。もちろんまだまだ現在進行中の方もいらっしゃるかと思います(私も)。

一方、社会全体の「苦しい」ときの例としては、例えば、明治維新期の日本もそうだといえそうですよね。黒船が来航して、旧来の社会秩序がどーんとひっくり返り、今日と同じ明日が続いていくとはとても思えない。そんなときに、どうやら人は本腰を入れて考え始めるようです。「どうしてこうなってしまったんだ?」、「明日からの世界をどうやって作っていけばいいんだ?」などと。

実際、幕末維新期から明治期にかけては多くの思想家が輩出されましたよね。吉田松陰や佐久間象山、福沢諭吉などなど。更に戦後を含めれば数知れません。(「哲学」という翻訳語自体、使われ始めたのが明治以降なので、「哲学者」という名を冠する人物こそなかなかいませんが。)

日本以外の場所でも、例えば以下の様な例があげられるでしょう。

  • 孔子や老子などの大思想家が出た古代中国の春秋戦国時代も、長い戦乱の時代でした。
  • 仏教の開祖ブッダ(釈迦)が生まれた頃の古代インドでも、戦争や飢饉、疫病などが止みませんでした。(ちなみに、「仏教」は宗教だと考えられがちですが、「神を信仰する」というようなことはしないので、本来は東洋の「哲学」という方が近いです。まぁ宗派にもよりますが。)
  • 西洋哲学の華々しい大伽藍を打ち立てた西ヨーロッパ諸国も、本当に長いこと、お互いに戦争を繰り返していました。西ヨーロッパで長期的に平和が続いているのは、第二次世界大戦後の期間のみかもしれません。(場所を変えての代理戦争はいろいろとやってきているようですが。私は正直、彼らのそのようなやり方が好きではありません。)

須藤凛々花さんも苦しんだ?

前置きが長くなりましたが、そんなわけで、前の家族のエピソードのところでも紹介した通り、須藤凛々花さんも苦しんだ時期があったんじゃないかなと思うんです。やっぱり、子どもが子どもの世話をするのは大変ですよ。「どうして私だけがこんなに辛いんだろう」と思う時だってあったかもしれません。

実際、ブログには以下のようなコメントも有りました。

でも、元々熱い子だった訳ではありません。

この世の何にも期待していなくて
冷めきっていて、
お金持ちになって家族を楽にすることだけを考えて
要領良く勉強していました。

出典:NMB48オフィシャルブログ

そこで彼女は、もともと勉強ができたということもあったのかもしれませんが、不良になってグレる代わりに「考えぬく≒哲学する」ことをはじめたのではないかなぁと推測します。そしてそれを難局を乗り切る支えにしたのではないかと。AKBへの情熱と合わせてね。

足元の地面が崩れ落ちていくような気持ちになったとき、あるいは、昨日まで自分を優しく守ってくれていた常識がガラガラと崩れてしまうとき、私達は自前で、自分を守り支えてくれる鎧を作る必要に迫られます。そのときに、哲学はたぶん本当に便利なツールになるのだと思います。

…や、でも待って。「そんな苦しいことなんて、誰にでも大なり小なりあることじゃん?でも別に皆が哲学を好きになるわけじゃないじゃん?」というツッコミが聞こえてきそうな気がします。

そこで、次の考察にいきます。

須藤凛々花は「ガリ勉」ではない!?

須藤凛々花が「ガリ勉」でない理由

唐突ですが、須藤凛々花さんは、いわゆる「ガリ勉」ではないと思います。その理由は以下のとおりです。

  • 「勉強は息抜き」という発言があったり、趣味に「勉強」が入っていたり、彼女にとっては「勉強」はある種の娯楽なわけですね。
  •  東京大学ではなく横浜国立大学を目指していた。
    • 高校時代は偏差値67だったと言われている須藤凛々花さんなら、持ち前の努力の才能でもって、偏差値を5くらい上げて東大に入るのは難しくなかったはず。それをしなかったのは、「勉強(受験)のための勉強」ではなく「楽しみとしての勉強」をしていたからではないかと思います。もちろん、AKB48を目指していたから、ということはあるにしても。)
  • 休日の過ごし方は、「家にひきこもって、知識収集か寝る」ということからも、彼女にとって知識収集(≒哲学)が自然な楽しみになっていることが分かります。

しかも、小さい時には弟の面倒も見なければならないしで、優雅に塾などにゆっくり通っている暇があったとは思えません。それにもかかわらず、出身の町田高校(偏差値60を超える難関校!)では学年1位だったそうですし、たぶん本当に地頭がいいのだと思います。

須藤凛々花のバイタリティーとド根性!

そこで引用したいのが、チェコ出身のノーベル賞受賞作家ミラン・クンデラの代表作である『存在の耐えられない軽さ』からの以下の抜粋です。以下に書かれている「テレザ」という女性の姿が、もしかしたら須藤凛々花さんにも重なってくるような気がするのです。

「何かより高いところ」を目指すかわりに酔っぱらいにビールを運んだり、日曜日に弟たちの汚い洗濯物を洗う女の子は、大学で勉強し、本を開けてあくびをしている人たちが考えてもみないようなバイタリティーを自らのうちに蓄えもっている。テレザはその連中よりも多く読んでいたし、生活についてはその連中より知っていたが、それを意識することはけっしてない。大学で勉強した人と、独習者とを区分しているのは、知識の量ではなしに、バイタリティーと自意識の程度の差である。

出典:『存在の耐えられない軽さ』より71頁、ミラン・クンデラ著、集英社文庫(赤字筆者)

ここで、須藤凛々花さんは確かにテレザと同じ「独習者」ですよね。彼女は、大学で哲学を専攻してそれだけをやっている学生ではありません。小さい頃には苦労をして、NMBに入ってからも網膜剥離や怪我などで苦労をして、それでも「夢は哲学者」と語るんですよね。

そこには、テレザにあるような「バイタリティーと自意識」が強烈にあるのだと思います。「苦労して不遇だけれど、それでもより『高み』を目指したい」という圧縮された欲望から生まれる「バイタリティーと自意識」。

そのように苦しさから高じたバイタリティーが、もともとの地頭の良さとつながった時に、哲学への愛へと姿を変えたのではないかと。そして今の須藤凛々花さんの「ド根性哲学派アイドル(天然)」としての姿が生まれたのではないでしょうか。

 

そう思うと、須藤凛々花さんにすっごく憧れますね。「親に言われたから勉強してるだけだし…」というような姿勢ではなく、自分自身のバイタリティーから勉強を独学でして、歴史上の哲学者に心から共感して学び続け、しかもそれをNMB48というまた全然違うフィールドに統合して自己表現している、というのはとっても面白い生き方だなぁと思います。

「信念に死んだ」ソクラテスと同じように、彼女もまた、日々人生を賭けて燃焼しているのでしょうね!

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ではでは、今回もお付き合いいただき、ありがとうございました♪

今日も皆さまに何かいいことがありますように (^^)


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